小野原街道
| 西国街道の小野原(箕面市)と亀岡街道の千里丘(摂津市)を結ぶ街道 途中、山田街道、千里街道を分岐 明治36年「大阪府誌」 一等補助里道 小野原街道 起点 三島郡豊川村大字小野原國道第三號路線 経過地点 三島郡豊川村、山田村、味舌村 終点 三島郡味舌村大字味舌上假定縣道亀岡街道 里稱 一里二十五町 |
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西国街道の小野原西 小野原街道の起点 |
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小野原の集落を抜けると春日神社の森が見える | 春日神社 | ![]() 神護景雲二年(768年)の創建 天児屋根命を祀る |
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春日神社を過ぎると街道は消えている 「小野原西特定土地区画整理事業」により一帯は大きく変貌中 |
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吹田市 |
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![]() 途中で車の事故が |
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吹田市に入り水遠池を含む千里北公園と大阪大学との間を山田へ下っていく |
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水遠池 | ![]() |
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消防北署の辻を左へ | ![]() 中央環状線の下をくぐるとしばらくして山田三つ辻 |
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| 山田三つ辻の道標 小野原街道から山田街道の分岐(山田三つ辻)に立つ道標 「左 上新田村 をか町 いたみ」、「右 をの原村 みのを かちを寺 いけだ 妙見山 中山寺」 山田街道はここから西へ、山田川を九十九橋で渡り上新田へ また、小野原街道は山田下まで山田街道と合流していく |
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山田の集落に入り山田川沿いに下っていく | ![]() |
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伊射奈岐神社(山田東2) 祭神 伊射奈美之命 天兒屋根命 手力雄命 天忍熊根命 蛭子命 (神社由緒から) 「当社は延喜式内社で、延喜式神明帳に、摂津国島下郡、伊射奈岐神社二座云々とあ り一座がこの神社であって、千里丘陵の中間で万国博会場になった地域に隣接する高庭山に鎮座している。爾来、皇大神御霊と共に内裏に奉斎されていた豊受大御神の御霊が崇神天皇の御宇、皇居を離れさせられ、後に丹波国与謝郡(現在福知山市)の比治真名井に遷し奉られたが人皇二十二代雄略天皇即位二十二年、皇大神の御神 誨により現在の伊勢市山田、高倉山麓の山田ケ原に遷座し奉られたとき、伊勢斎宮皇女倭姫の御示教により、大佐々之命が、五柱の神を奉祀するべき霊地を諸国にもとめ、ついにこの山田の地に奉祀せられたと云う。 俗に姫神社とも称し、貞観元年正月、従五位上を授けられ同十五年、五社宮と改称されたと云う。延喜の制に小社に列し、明治六年郷社、祈年月次新嘗の案上に預った名祠である。俗に五社宮、姫宮とも称し山田、千里丘、千里ニュータウンを含む産土大神であ る。」 |
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狛犬??? | ![]() |
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前方右へは千里街道 | |||||
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三つ辻から合流してきた山田街道はここで東(左)へ分かれ茨木へ 小野原街道は直進 |
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街道はやがて山田川を大神木橋を渡ると名神高速の下で府道1号茨木摂津線の広い道に合流し南下 | ![]() |
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摂津市 |
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市場池と街道の間にある地蔵と祠 | ![]() |
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市場池 | ![]() |
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亀岡街道 |
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![]() 市場池の東で亀岡街道に合流 小野原街道の終点その1 |
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名神高速を越え右への道をとると市場池の西側で亀岡街道に合流する その角に道標がある |
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小野原街道 終点その2 |
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「右 亀岡街道 亀岡 高槻 京都 左 小野原街道 山田 小野原 勝尾寺」 「右 吹田 大阪」 |
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